【介護業界動向コラム】第24回 令和9年度改定に向けて、今こそ考えたいこと —「漠然とした不安」を「動ける課題」に変える経営

2026.06.29

介護業界ではここ数年、「生産性向上」「ICT活用」「介護DX」という言葉を聞かない日はないほどになりました。令和6年度介護報酬改定では、生産性向上に関する取り組みが大きく位置づけられ、ICTやテクノロジーの活用は、もはや一部の先進的な事業者だけの話ではなくなっています。そして今、多くの経営者が見据えているのは、その先にある令和9年度介護報酬改定ではないでしょうか。人材不足はさらに深刻化し、物価や人件費の上昇も続いています。利用者獲得競争も激しくなり、「今のままでは厳しい」という感覚を持っている経営者は少なくありません。

そのため、

「ICTを活用しなければならない」

「生産性を上げなければならない」

という認識は、すでに多くの法人で共有されています。
しかし実際には、思うように進まない。

セミナーを受講しても、展示会に参加しても、ベンダーの説明を聞いても、なかなか次の一歩につながらない。なぜでしょうか。
私はその理由を、全国の介護事業者をご支援する中で何度も見てきました。
その理由は、

「課題が見えていないから」

だけではありません。実は皆さんは課題を感じています。

本当は、

「課題が大きすぎて、動ける形になっていない」

という理由が大半です。

経営者が抱えているのは「課題」ではなく「不安」

経営者や施設長の方々とお話ししていると、よくこんな言葉を耳にします。

「人が採れない」「人が辞める」「利益が残らない」「現場が忙しそうだ」「ICTを活用した方がいいとは思う」

どれも重要なテーマです。しかし実は、これらはまだ「課題」ではありません。経営上の「不安」です。不安は経営者に危機感を与えてくれます。しかし、不安だけでは現場は動きません。

例えば、

「人手不足」

という言葉だけでは、何を改善すればよいのか分かりません。

本当に知りたいのは、

・どの職種が不足しているのか

・どの時間帯が不足しているのか

・なぜ離職が起きているのか

・どの業務が負担になっているのか

です。

ここまで分解されて初めて、行動につながる「課題」になります。そして私は、令和9年度改定に向けて最も重要なのは、この「不安を課題に変える力」だと考えています。

多くの法人がICT活用でつまずく理由

ICT導入が思うような成果につながらない法人には、ある共通点があります。

それは、

「課題より先に解決策を探してしまう」

ことです。

例えば、「AIを導入したい」「インカムを入れたい」「見守り機器を検討している」という相談を受けることがあります。そこで私が必ず聞くのは、「何を改善したいのですか?」という質問です。すると意外なほど答えが返ってきません。

なぜなら、本来解決すべき課題が整理されていないからです。

例えば、「人が足りない」という不安の背景には、

・記録に時間がかかりすぎている

・申し送りに時間を取られている

・転記作業が多い

・管理者が現場に入れない

など、さまざまな原因があります。つまり、ICTは課題が見えた後に初めて選べるものなのです。

ヘルプデスク側が本当に知りたい情報とは?

私が介護事業者の皆さまとご一緒するとき、最初からICTの話をすることはほとんどありません。むしろ最初にやるのは、「困りごとを整理すること」です。例えば、「人材不足が心配」という相談があったとします。すると次のような会話になります。

「どの職種が不足していますか?」

「いつの時間帯ですか?」

「残業はどれくらいありますか?」

「離職理由は把握していますか?」

「管理者は何に時間を使っていますか?」

すると徐々に、

「実は記録に時間がかかっている」

「申し送りが長い」

「管理者が現場を離れられない」

といった具体的な話が出てきます。ここまで来て初めて、改善のスタートラインに立てるのです。

プロジェクトにならない課題は、改善できない

私はよく、「課題はプロジェクトになる大きさまで小さくしましょう」とお伝えしています。

例えば、「人材不足を解決する」では大きすぎます。しかし、「介護職員の残業時間を月5時間削減する」であればどうでしょう。具体的に動けそうです。

あるいは、「収益改善」ではなく、「管理者の転記作業を1日30分削減する」であれば、改善策を考えられます。さらに、「ICT活用」ではなく、「申し送り時間を15分短縮する」であれば、現場も取り組みやすくなります。

ここで初めて、

・担当者を決める

・期限を決める

・効果を測定する

ことができます。

つまり、経営課題を現場プロジェクトへ翻訳することこそが、経営者の重要な役割なのです。

ICTは導入プロジェクトではない

多くの法人では、「インカム導入プロジェクト」「AI活用プロジェクト」「見守り機器導入プロジェクト」が立ち上がります。しかし本来は違います。本当に立ち上げるべきなのは、「夜勤負担軽減プロジェクト」「記録時間削減プロジェクト」「離職率改善プロジェクト」です。

ICTは、その達成手段のひとつに過ぎません。ところが手段が目的になると、導入した瞬間にプロジェクトが終わります。だから成果が出ないのです。これは私が数多くの現場で見てきた失敗パターンでもあります。

令和9年度改定で問われるのは「改善できる組織」かどうか

私は令和9年度改定で問われるのは、「どんなシステムを持っているか」ではないと思っています。むしろ、「改善を続けられる組織かどうか」ではないでしょうか。LIFEも同じです。データ提出が目的ではありません。データから課題を見つけ、改善につなげることが本来の目的です。

生産性向上も同じです。ICT導入も同じです。本当に求められるのは、課題を発見し、改善し続ける力なのです。

これからの経営者に求められる役割

これからの介護経営者に求められるのは、最新のAIやICTに詳しくなることではありません。本当に必要なのは、「漠然とした不安を、動ける課題へ変える力」です。

そして、その課題を現場が取り組める大きさまで分解し、プロジェクトとして進めていくことです。「人材不足」「収益改善」「生産性向上」どれも大切です。しかし、それだけでは現場は動きません。

大切なのは、「何に困っているのか」を明確にし、「誰が、いつまでに、何を改善するのか」まで落とし込むことです。

私はこれまで、多くの介護事業者をご支援してきました。成果が出る法人に共通しているのは、特別なシステムを持っていることではありません。困りごとを、行動できる課題へ変える力。そして、課題をプロジェクトへ変える力。その積み重ねが、生産性向上につながり、人材定着につながり、結果として経営改善につながっていくのです。

令和9年度改定まで、まだ時間はあります。しかし、組織を変えるには時間がかかります。だからこそ今必要なのは、新しいシステム探しではありません。まずは、「私たちの法人は、本当は何に困っているのか」を言語化すること。そこから始まる小さな改善プロジェクトこそが、これからの介護経営を支える大きな力になるのではないでしょうか。






竹下 康平(たけした こうへい)氏

株式会社ビーブリッド 代表取締役
2007 年より介護事業における ICT 戦略立案・遂行業務に従事。2010 年株式会社ビーブリッドを創業。介護・福祉事業者向け DX 支援サービス『ほむさぽ』を軸に、介護現場での ICT 利活用と DX 普及促進に幅広く努めている。行政や事業者団体、学校等での講演活動および多くのメディアでの寄稿等の情報発信を通じ、ケアテックの普及推進中。

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