【介護業界動向コラム】第22回 ICT導入の成功は「機器」では決まらない 導入後の現場で増え続ける「9つの新しい業務」 

2026.04.30

「タブレットも入れた。記録ソフトも導入した。これで現場の負担は減り、DXが進むはずだ」ここまで来ると、「導入成功」と感じます。しかし、実際の現場ではその直後から、悲鳴に近い声が上がり始めます。

「アカウント管理は誰がやるんですか?」
「Wi-Fiが頻繁に切れて仕事になりません」
「ICTが苦手なベテランに、誰が教えるんですか?」

ICT導入とは、単に機器を入れることではありません。
実態は、「これまで存在しなかった9つの新しい業務が増えること」なのです。

1.導入後に発生する「ICT運用の9つの新しい業務」

ICTを導入した瞬間から、法人は次の9つの新しい業務を管理・運用する責任を負うことになります。

【守りの管理:ICT運用を止めない】
● ① アカウント管理:職員の入退職・異動のたびに発生。放置は情報漏洩の致命的なリスクに。
● ② 権限管理:閲覧制限の設定。甘ければリスク、厳しすぎれば現場の利便性を損なう。
● ③ 端末管理:故障・紛失・バッテリー劣化。数百台規模になれば日常的にトラブルが起きる。ソフトの更新、買い替えタイミングの管理も重要。
● ④ ネットワーク管理:Wi-Fiが止まれば業務も止まる。今やネットワークは電気・ガス・水道に並ぶ「第4のインフラ」。
● ⑤ ベンダー管理:複数メーカーとの契約・窓口対応。「どこに電話すればいいか不明」な状態は放置出来ない。

【攻めの運用:ICTを使いこなす】
● ⑥ データ活用:記録、バイタル、画像。どこに何のデータがあるかを整理し、活用できる状態を作る。データの保存方法、保存期間の管理も重要。
● ⑦ ルール整備:入力ルールやセキュリティ規定。これがないと現場ごとに使い方がバラバラになる。
● ⑧ 教育・フォロー:新人教育に加え、ICTへの苦手意識を持つ職員への継続的なサポート。

【経営の柱:未来を決める】
● ⑨ ICT戦略(経営判断):投資の対価を見極め、「何を導入し、何をやめるか」を決定する。国の制度改定に合わせ、先を読みつつ、計画的な整備を継続する。

2.多くの法人が見落としている「空白の設計」

多くの法人は、導入まで「導入費用」「機器の性能」「補助金」については綿密に検討します。しかし、「導入した後に、誰がその仕組みを回し続けるのか」という設計が抜け落ちていることが多いのが現実です。
その結果、現場では何が起きるか。

・トラブルが起きるたびに場当たり的な対応
・拠点ごとに独自のルールが乱立
・運用が特定の人間に依存する「属人化」

こうして、便利になるはずのICTが、現場の新たなストレス源へと変わっていくのです。

3.「あの人がいないと回らない」という経営リスク

この「9つの新しい業務」を誰が担っているか。多くの場合、答えはこうなります。

「ICTが得意な、現場のあの人」

しかし、その人は本来、ケアの最前線に立つべきリーダーや専門職のはずです。
例えるなら、消火活動中の消防士が、ホースを抱えながら「通報受付」や「設備の修理」「新人の座学研修」まで一人でこなしているようなものです。本来の業務(介護)を削って、孤独にICTを支えている。もし、その職員が疲れ果てて辞めてしまったら? あるいは別の重要なポストに異動してほしくても動かせない。そんな危機的状況が待っています。

4.経営者に求められる「たった一つの決断」

ICTがうまくいかない本当の理由は、ツールの性能不足ではなく、組織の中に「管理(マネジメント)層」が存在しないことにあります。現場に「使うこと」だけを押し付け、経営は「導入したこと」で満足する。この分断を埋めるのが経営者の役割です。今、経営者に求められるのは、シンプルな一つの決断です。
「増える仕事を前提に、どう回す仕組みを作るか決めること」
具体的には、

・ICT運用の専任担当を置くのか
・専門の外部パートナーに任せるのか
・委員会を組織し、組織的に管理するのか

そしてもう一つ、さらに重要な決断があります。それは、「やめるものを決めること」です。ICTは導入すればするほど、管理の仕事は増えます。だからこそ、「紙の記録を完全に廃止する」「二重入力を強いる会議資料をやめる」といった、古い慣習を捨てる決断こそが、現場を救う唯一の道となります。

5.ICT導入の本当のゴール

ICT導入の目的は、単に「業務を楽にする」ことだけではありません。「人が変わっても、人が減っても、技術とデータによって質が維持される現場をつくること」です。そのためには、明確なルールがあり、教育体制が整い、そして何より「管理」が機能していなければなりません。もし今、特定の職員に負荷が集中し、トラブル対応が後手に回っているのであれば、それはICTが失敗しているのではありません。まだ「管理が始まっていない」だけなのです。
ICT導入後の世界とは、機器の話ではなく、組織の話。この9つの新しい業務をどうデザインするかが、これからの介護経営の分かれ道になります。






竹下 康平(たけした こうへい)氏

株式会社ビーブリッド 代表取締役
2007 年より介護事業における ICT 戦略立案・遂行業務に従事。2010 年株式会社ビーブリッドを創業。介護・福祉事業者向け DX 支援サービス『ほむさぽ』を軸に、介護現場での ICT 利活用と DX 普及促進に幅広く努めている。行政や事業者団体、学校等での講演活動および多くのメディアでの寄稿等の情報発信を通じ、ケアテックの普及推進中。

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