【介護業界動向コラム】第18回 介護事業者の未来戦略~R7補正予算から読み解くDX・テクノロジー投資の必然性~
2025.12.24
令和7年度補正予算案が公表され、総合経済対策の全体像が明らかになりました。今回の予算案を丁寧に読み解くと、介護事業者にとって見逃してはいけない「大きな政策転換」が進みつつあることが分かります。それは、医療・介護・障害福祉が“人への投資”の重点分野として整理され、その中で介護DX・テクノロジー活用が「未来への投資」として扱われたという点です。
国が未来を見据えて投資すべき分野として、医療・介護DXを、先端科学・スタートアップ支援・コンテンツ産業と同列に配置したことは、介護事業の位置づけがこれまでと明確に変わりつつある兆候と言えます。本稿では、補正予算案の根拠に基づきながら、介護事業者が今どの方向へ舵を切るべきか、経営の視点で読み解いていきます
目次
■ 1.「未来への投資」に介護DXが入ったという事実の重み
まず、首相官邸が発表した総合経済対策の柱「未来に向けた投資の拡大」では、先端科学技術、スタートアップ支援、コンテンツ分野振興と並んで“医療・介護DX” が明記されています。介護DXが、科学技術やスタートアップと同じ段に記載されることは、これまでほとんどありませんでした。さらに文章全体では、「人への投資」「健康医療安全保障」とセットで言及されている点が非常に象徴的です。直接的に“成長産業化”とは書かれていないものの、「未来に向けた投資」=経済社会の持続性を高める分野という政策文脈から考えれば、介護DXが投資対象として扱われた意味は非常に大きいと言えます。
■ 2.補正予算の柱で「医療・介護DX」が独立カテゴリに
令和7年度補正予算案の中では、次のような構成になっています。
Ⅲ.医療・介護の確保、DXの推進、「攻めの予防医療」の推進(2,277億円)
補正予算の柱として、医療・介護とDXが明確に一体で扱われています。
さらに、その中に以下の事業が入っています。
- 介護テクノロジー導入・協働化支援(220億円)
- 介護情報基盤の整備(125億円)
- 障害福祉分野の介護ロボット・ICT導入(60億円)
- 医療情報プラットフォーム構築(電子カルテ情報共有)
これらの施策はすべて“伸ばす方向”で記載されており、「保つ」ではなく「強化・推進・構築・支援」と表現されていることが特徴的です。従来の補正予算の介護分野は「維持」や「緊急支援」が中心でしたが、今年は明確に「発展」「高度化」に軸足が移りつつあることが読み取ることが出来ます。
■ 3.処遇改善(賃上げ)が DX とセットに
令和7年度から実質義務化といえる生産性向上要件の拡大の流れ同様、補正予算で最も経営に影響が大きいのが、処遇改善(賃上げ)の要件としてDXが組み込まれたことです。今年の賃上げは3段階構造です。
●第1段階:広く介護職員・ケアマネージャーへの処遇改善(1万円)
これは従来のベースアップの延長線です。
●第2段階:生産性向上・協働化に取り組む事業者へ処遇改善(5千円)
ここから“質の条件”がつきます。
厚労省資料には次のようにあります:
- 「生産性向上や協働化に取り組む事業者の介護職員に対して支援」
- 在宅はケアプランデータ連携システムの活用が対象
- 施設は生産性向上推進体制加算(II)が事実上の目安
つまり、DXに向けた取り組みの有無が賃上げ額に影響する構造が作られました。
●第3段階:介護職員について、職場環境改善に取り組む事業者に対する(4千円)
※こちらは前段と違い、事業者の設備投資等への支出が可能になっています。
- 介護職員等処遇改善加算の取得事業所
- 職場環境等要件の更なる充足等に向けて、職場 環境改善を計画し実施すること
この要件は、令和6年度補正予算の「介護人材 確保・職場環境改善等事業」と同様と記載のあることから、
具体的には、職場環境改善等に向けた取組を行い、そのための計画を策定し、 都道府県に提出する
- 施設、居住サービス、多機能サービス、短期入所サービス等 → 生産性向上推進体制加算の取得等に向けて、介護職員等の業務の 洗い出し、棚卸しとその業務効率化など、改善方策の立案を行う
- 訪問、通所サービス等 → 介護職員等の業務の洗い出し、棚卸しとその業務効率化など、改善方策立案を行う
が求められています。これらは単にDXを「やるかどうか」ではなく、“DXを進めないと賃上げが取り切れない”構造となっていますので、経営に直結する大きな点です。
■ 4.介護テクノロジー導入や情報基盤整備が“義務化の前段階”に入った
補正予算案では、介護テクノロジー導入支援に220億円が計上されています。この中では、
- 業務削減効果が実証されたテクノロジーの優先導入
- 小規模への重点支援
- Wi-Fi・ネットワーク整備も対象
- 地域ぐるみの面向き支援
など、国が本気で「導入率を引き上げる」方向に進んでいます。
さらに、介護情報基盤整備(125億円)では、
- ケアプランデータ連携
- LIFEとの統合
- 資格確認システムとの連携
- 国保連・市町村システムの改修
など、制度そのものが「デジタル前提」で作られ始めました。紙やExcel中心の運用では制度対応が難しくなる未来が、明確に見えています。DXは“努力義務”から“実質必須”へと移行しています。
■5.介護DXは「加算」「賃上げ」「事業継続」をつなぐ経営テーマになる
今回の補正予算案を俯瞰すると、介護事業者にとってDX投資は完全に、
① 加算取得のための投資
② 賃上げ財源を得るための投資
③ 将来の制度改定に耐えるための投資
④ 職員定着・採用力強化のための投資
⑤ 事業継続のための基盤投資
という、経営の中核テーマへと変化しました。DXは“現場改善”ではなく、
「経営資源の価値を最大化するための戦略投資」へと位置づけが変わっています。
■6.経営者が今とるべき方向性
今回の補正予算案から読み取れる方向性は明確です。
■(1)DXは“コスト”ではなく“賃上げと加算を生む投資”
賃上げとDXがリンクしたことで、経営指標に直結する施策に変わりました。
■(2)制度はデジタル前提で設計される
今後、紙運用のままでは制度対応コストが増える一方です。
■(3)“先行投資の意思決定”が法人の将来を左右する
成功する法人は、「まず動く→改善する→育てる」という文化を持っています。
DXは一度入れたら終わりではなく、残業時間・記録時間・夜勤負担、人材の定着や働きやすさ向上など
法人価値に直結するKPIを改善するための継続投資です。
■7.最後に ― 今回の補正予算は、介護事業者への最大の“追い風”
令和7年度補正予算案は、介護分野の将来に対して国が明確な方向性を示した資料です。
- 「未来への投資」の文脈に介護DXが登場
- 賃上げとDXが連動
- テクノロジー導入支援が拡充
- 情報基盤整備で制度改定がデジタル前提に
- 医療・介護・障害福祉のデータ連携が一気に進む
これら全ては、介護事業者が“未来に向けて変革する時代”の到来を意味します。
いま動く法人が、次の5年をつくります。DXを「経営戦略」として位置づける法人だけが、賃上げも、人材も、地域からの信頼も獲得できる時代に入りました。補正予算は、間違いなく“追い風”です。この追い風を確実につかみ、未来の介護の姿を共に創っていきましょう。
竹下 康平(たけした こうへい)氏
株式会社ビーブリッド 代表取締役
2007 年より介護事業における ICT 戦略立案・遂行業務に従事。2010 年株式会社ビーブリッドを創業。介護・福祉事業者向け DX 支援サービス『ほむさぽ』を軸に、介護現場での ICT 利活用と DX 普及促進に幅広く努めている。行政や事業者団体、学校等での講演活動および多くのメディアでの寄稿等の情報発信を通じ、ケアテックの普及推進中。

