介護事業所の法令遵守|実地指導対策・体制構築などを解説
2025.11.27
介護事業所の運営において、法令遵守(コンプライアンス)は避けて通れない重要なテーマです。
しかし、日々の業務に追われる状況で、「何から手をつければいいかわからない」「近々ある実地指導が不安だ」と感じている方も多いのではないでしょうか。
法令違反は、行政処分や介護報酬の返還といった直接的な経営ダメージだけでなく、利用者や地域社会からの信頼失墜にもつながりかねません。
介護事業所を守るためにも、法令遵守は不可欠な取り組みです。
本記事では、法令遵守の基本的な考え方・現場で見過ごされがちな違反事例・実地指導に備えるための具体的な体制構築のステップなどを解説します。
さまざまなリスクを解消するためにも、ぜひ参考にしてください。
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目次
介護事業所における法令遵守とは

介護事業所における法令遵守(コンプライアンス)とは、単に法律や規則を守ることだけを指すものではありません。
介護保険法などの法律に加え、行政からの通知やガイドライン、介護職としての倫理観や社会的な常識といった、より広い範囲のルールに従って事業を運営することを意味します。
特に介護サービスは、利用者の生命や尊厳に深く関わり、その費用は公費で賄われているため、一般企業よりもはるかに高いレベルの透明性と倫理観が求められる分野です。
法令遵守は、事業所を守り、利用者と職員双方にとって安心できる環境を作るための土台となります。
法令遵守が重要な理由

法令遵守は、単なる義務ではなく、事業運営の根幹を支える重要な要素です。
その理由は、大きく分けて以下の3つに集約されます。
- 利用者の保護
- 事業の継続
- 社会からの信頼維持
上記の理由は互いに密接に関連しており、ないがしろにすると事業所は深刻な事態に陥る可能性があります。
利用者の保護
法令遵守のもっとも根源的な目的は、利用者の安全と尊厳を守ることです。
規則を遵守することは、単に法的な義務を果たすだけでなく、利用者の人権を尊重し、安全な環境を提供することを意味します。
人員配置基準・設備基準・運営基準といったルールは、質の高いサービスを安定的に提供し、事故や虐待を未然に防ぐために設けられています。
これらの基準は、利用者のニーズに応じた適切なサービスを提供するための具体的な指針であり、サービス提供者が常に意識し、遵守すべきものです。
法律やルールを守ることは、利用者が安心してサービスを受け、自分らしい生活を送るために不可欠な取り組みです。
法令遵守は、利用者との信頼関係を築き、サービスの質を向上させる上で不可欠な要素です。
すべての関係者が法令遵守の重要性を認識し、日々の業務において実践することが求められます。
事業の継続
法令違反が発覚した場合、行政指導や改善命令だけでなく、最悪の場合になると指定取消のような重大な行政処分が科せられます。
行政処分を科せられた場合、介護事業所の経営に支障をきたす事態になりかねません。
特に、介護報酬の不正請求は厳しく罰せられ、不正受給額に加えて加算金を上乗せしたうえでの返還が求められます。
不正請求分の返還は、介護事業所の経営を揺るがすほどのダメージを与える可能性があります。
法令遵守は、これらのリスクを未然に防ぎ、事業を安定的に継続させるための不可欠な要素です。
行政からの信頼はもちろんのこと、利用者からの信頼関係を守るためにも、法令遵守を徹底することが重要です。
法令を遵守することで、健全な事業運営を実現し、長期的な成長へとつなげられます。
社会からの信頼維持
介護事業は、社会保障制度のような公共性の高い基盤の上に成り立っている事業です。
その財源は国民の保険料や税金によって支えられています。
したがって、介護事業所には極めて高い公共性と透明性が求められ、その運営は厳格な法令遵守に基づいています。
法令を遵守し、公正な事業運営を行うことは、利用者とその家族、地域社会からの信頼を獲得し、「選ばれる事業所」となるための不可欠な条件です。
違反行為は、信頼を失墜させ、事業の評判を著しく損なう可能性があります。
もし恒常的に法令を違反するような事態になれば、行政指導や監査、最悪の場合には事業停止命令など、介護事業の継続すら困難になる事態を招きかねません。
健全な事業運営を継続するためにも、日々の業務において法令遵守を徹底することが重要です。
遵守すべき主要法令

介護事業所の運営には、さまざまな法律が関わってきます。
代表的な法律は以下のとおりです。
- 介護保険法
- 高齢者虐待防止法
- 労働基準法
- 個人情報保護法
管理者や担当者は、これらの法律がそれぞれ何を目的とし、どのような内容を定めているのか、その全体像を正確に把握しておく必要があります。
介護保険法
介護保険制度の根幹をなす法律です。
事業所の指定基準、人員・設備・運営に関する基準、介護報酬の算定ルールなどを定めています。
介護事業所では、以下のポイントに留意しましょう。
- 人員配置基準を満たしているか
- 介護報酬の算定・請求は適切か
- 運営基準に沿ったサービス提供ができているか
介護保険法で定められている事項は、介護事業所の収益や運営に直接的に関わる要素ばかりです。
職員・利用者の人数の変動や、介護報酬改定があった際は必ず運営体制などをチェックしましょう。
高齢者虐待防止法
高齢者への虐待を防止し、高齢者の権利と利益を守るための法律です。
身体的・心理的虐待やネグレクトなどを禁止し、発見者には通報義務を課しています。
高齢者虐待防止法を遵守する際は、以下のポイントに注意しましょう。
- 不適切な身体拘束を行っていないか
- 職員による暴言や無視がないか
- 虐待防止委員会の設置や研修は実施しているか
利用者の安全を守るためにも、介護事業所は虐待を徹底的に防止する必要があります。
労働基準法
職員の労働条件に関する最低基準を定めた法律です。
労働時間・休日・賃金(残業代含む)・有給休暇などについて規定しています。
特に以下の点には注意が必要です。
- サービス残業をさせていないか
- 休憩時間を適切に確保できているか
- 36協定を締結・届出しているか
適切な労働環境が整っていなければ、職員が定着しないため、人手不足になるリスクが高まります。
労働基準法の遵守は、人員を維持し続けるうえでも不可欠です。
個人情報保護法
利用者やその家族、職員の個人情報を適切に取り扱うためのルールを定めた法律です。
情報の取得・利用・保管・廃棄について規定しています。
介護事業所は業務の性質上、利用者の重要な個人情報を取り扱う場面が多くあります。
- 利用者から同意を得ずに情報を第三者に提供していないか
- 介護記録や個人情報を含む書類を適切に管理・廃棄しているか
- 職員のSNS利用に関するルールは定めているか
個人情報の漏洩は、職員のささいなミスでも発生するものです。
自施設のシステムのセキュリティ体制もチェックし、個人情報の漏洩を防止しましょう。
見過ごしがちな法令違反

日々の業務で知らず知らずのうちに法令違反のリスクを抱えてしまうことがあります。
本章では、介護現場で特に起こりやすく、実地指導でも厳しくチェックされる以下の違反事例を具体的に見ていきましょう。
- 介護報酬の不正請求・人員配置基準違反
- 利用者への虐待・不適切な身体拘束
- 個人情報の漏洩・不適切なSNS利用
- 長時間労働・サービス残業などの労働問題
自事業所の状況と照らし合わせながら、潜在的なリスクがないか確認してみてください。
介護報酬の不正請求・人員配置基準違反
介護報酬の不正請求は、もっとも重大な法令違反の一つです。
実際には提供していないサービスを請求する架空請求や、提供時間を水増しして請求する過大請求などが該当します。
また、人員配置基準違反も珍しくありません。
特に必要な資格を持つ職員がいないにもかかわらず、いるように見せかける「名義貸し」や、常勤職員の勤務時間を偽って報告する「常勤換算の偽装」などが代表例です。
いずれもサービスの質の低下に直結する悪質な行為とみなされます。
利用者への虐待・不適切な身体拘束
高齢者虐待防止法では、身体的な暴力だけでなく、暴言や無視といった心理的虐待、必要な介護を放棄するネグレクトも虐待と定義されています。
特に問題となりやすいのが「不適切な身体拘束」です。
「転倒防止のため」といった理由で、本人の同意なくベッドに手足を縛ったり、車椅子から立てなくしたりする行為は、原則として禁止されています。
職員の知識不足や人手不足から、意図せず虐待につながってしまうケースもあるため、組織全体での取り組みが不可欠です。
個人情報の漏洩・不適切なSNS利用
個人情報の取り扱いは、ますます厳格化しています。
介護記録や利用者情報が書かれた書類を施錠せずに放置したり、ゴミ箱にそのまま捨てたりする行為は、情報漏洩のリスクを著しく高めます。
また、職員同士の会話で利用者のプライバシーに関わる情報を話したり、職員が個人のSNSに利用者の写真や情報を安易に投稿したりするケースも問題です。
これらの行為は、利用者との信頼関係を根底から覆すだけでなく、事業所が損害賠償責任を問われる可能性もあります。
長時間労働・サービス残業などの労働問題
介護業界の慢性的な人手不足は、職員への過剰な負担につながりがちです。
しかし、だからといって労働基準法違反が許されるわけではありません。
- タイムカードを切らせてから仕事をさせる「サービス残業」
- 法定の休憩時間を与えない
- 有給休暇の取得を認めない
上記のような行為は明確な法令違反です。
職員が疲弊した状態では、質の高いサービス提供は望めず、事故のリスクも高まります。
職員の労働環境を守ることは、巡り巡って利用者を守ることにもつながります。
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行政処分のリスク

万が一、法令違反が発覚した場合、事業所は厳しい行政処分を受けることになります。
処分は違反の程度に応じて段階的に重くなりますが、いずれも事業運営に深刻な影響を及ぼします。
以下のような行政処分のプロセスと内容を正しく理解し、リスクの大きさを認識することが重要です。
| 処分の段階 | 内容と影響 |
| 1. 指導 | もっとも軽い措置で、口頭または文書で運営上の問題点を指摘され、改善を求められます。この段階で誠実に対応し、改善計画を提出・実行することが重要です。 |
| 2. 勧告 | 指導に従わない場合や、より明確な違反が認められた場合に行われます。事業者名が公表される可能性があり、社会的信用の低下につながります。 |
| 3. 命令 | 勧告にも従わない、または不正請求など悪質な違反が発覚した場合に出される処分です。改善命令に従わない場合は罰則の対象となり、指定取消しへと進む可能性が高まります。 |
| 4. 介護報酬の返還 | 不正に請求・受領した介護報酬の返還を命じられます。通常、不正に請求・受領した介護報酬に加算金を上乗せして返還する必要があり、経営に甚大な経済的ダメージを与える処分です。加算金の割合は、不正の内容や自治体の判断によって異なります。 |
| 5. 指定の効力停止 | 一定期間、新規利用者の受け入れ停止や、すべてのサービス提供が停止されます。事業収入が途絶え、利用者や職員にも多大な影響が出る処分です。 |
| 6. 指定取消し | もっとも重い処分です。介護保険事業者としての指定が取り消され、事実上、事業の継続が不可能になります。法人名や処分内容が公表され、社会的信用は完全に失墜します。 |
法令遵守体制の構築ステップ

法令違反のリスクを回避し、健全な事業運営を続けるためには、場当たり的な対応ではなく、組織的かつ継続的な法令遵守体制の構築が不可欠です。
本章では、誰でも実践できるよう、具体的な4つのステップに分けて解説します。
- 組織体制の整備
- 規程・マニュアルの作成と周知徹底
- コンプライアンス研修の実施
- 定期的なセルフチェックと改善
自施設の状況に合わせて、着実に実施しましょう。
組織体制の整備
まず、法令遵守を推進するための組織の土台を作りましょう。
法令遵守責任者を中心に、事業所内のルール作りや研修の企画などを進めていきます。
また、職員が不正やコンプライアンス上の問題を発見した際に、安心して報告・相談できる「内部通報(相談)窓口」を設置することも重要です。
窓口を設置する際は、通報者のプライバシー保護や不利益な扱いを受けないことを明確にルール化し、全職員に周知しましょう。
規程・マニュアルの作成と周知徹底
次に、組織としての統一ルールを明文化します。
職員個人の判断や経験だけに頼るのではなく、誰もが同じ基準で行動できるよう、「法令遵守規程」や具体的な業務マニュアルを作成します。
マニュアル作成のポイントは以下のとおりです。
- 誰が読んでも理解できるよう、専門用語を避け、平易な言葉で記述する。
- 「何をすべきか(Do)」だけでなく、「何をしてはいけないか(Don’t)」も具体的に示す。
- 法改正や事業所の実態に合わせて、定期的に内容を見直し、更新する。
完成したマニュアルは、全職員に配布し、いつでも確認できる場所に掲示するなど、周知徹底を図ることが大切です。
コンプライアンス研修の実施
マニュアルをただ配布するだけでは、法令遵守の意識は浸透しません。
内容を深く理解し、実践に結びつけるために、定期的な研修を実施しましょう。
効果的な研修にするためには、以下のような工夫が考えられます。
| 研修方法 | 内容 |
| 事例研究(ケーススタディ) | 実際にあった違反事例などを基に、何が問題だったのか、どうすれば防げたのかをグループで討議する。 |
| ロールプレイング | 利用者からの難しい要望への対応や、不適切なケアを目撃した際の報告の仕方などを、役割を演じながら学ぶ。 |
| 外部講師の招聘 | 法律の専門家や行政の担当者などを講師に招き、専門的な知見や最新の動向について学ぶ。 |
上記のような研修は、職員の法令遵守意識を高める絶好の機会になります。
定期的なセルフチェックと改善
法令遵守体制は、「作って終わり」ではありません。
構築した体制がきちんと機能しているか、形骸化していないかを定期的に確認し、改善していくプロセス(PDCAサイクル)が重要です。
そのための有効なツールが「自主点検チェックシート」です。
厚生労働省や各自治体が提供している様式を参考に、自事業所版のチェックリストを作成しましょう。
- 人員配置は基準を満たしているか?
- 介護記録は適切に記載・保管されているか?
- 虐待防止委員会は定期的に開催されているか?
上記のような項目を設け、定期的に自己点検を実施し、発見された問題点は速やかに改善計画を立てて実行します。
本稿にもあるように、介護事業所における法令遵守は、行政処分を回避するためだけの義務ではなく、利用者の安全と尊厳、職員の安心、そして事業の信頼を守るための経営基盤です。介護保険法をはじめ、高齢者虐待防止法、労働基準法、個人情報保護法など、事業運営を支える主要法令を理解し、日常業務の中で適切に実践することが求められます。また、コンプライアンス責任者の設置、マニュアルや研修体制の整備、職員によるセルフチェックなど、組織としての仕組みづくりも欠かせません。さらに、定期的な振り返りや情報共有を通じて、現場全体でリスクを早期に察知し、再発防止へつなげる姿勢が重要です。法令遵守は管理者だけの課題ではなく、全職員が専門職として意識を共有し、信頼を築く文化として根付かせることが期待されます。こうした積み重ねが、地域から選ばれ、持続可能な介護事業所をつくる第一歩となるのです。
なお、株式会社ワイズマンでは「介護・福祉向け製品総合パンフレット」を無料で配布中です。
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法令遵守は介護事業所を守ることにつながる

法令遵守を徹底することは、実地指導や監査といった行政処分リスクから事業所を守る取り組みです。
さらに職員が安心して働ける職場環境を作り、サービスの質を高め、結果として利用者や地域社会からの揺るぎない信頼を獲得することにつながります。
あらためて自施設の運営体制を見直し、現在の法令に合致しているかチェックしましょう。
監修:梅沢 佳裕
人材開発アドバイザー
介護福祉士養成校の助教員を経て、特養、在宅介護支援センター相談員を歴任。その後、デイサービスやグループホーム等の立ち上げに関わり、自らもケアマネジャー、施設長となる。2008年に介護コンサルティング事業を立ち上げ、介護職・生活相談員・ケアマネジャーなど実務者への人材育成に携わる。その後、日本福祉大学助教、健康科学大学 准教授を経て、ベラガイア17 人材開発総合研究所 代表として多数の研修講師を務める。社会福祉士、介護支援専門員、アンガーマネジメント・ファシリテーターほか。

