【介護業界動向コラム】第11回 ICTを活用するための体制づくりと職員教育
2025.05.28

前回、補助金活用についての説明で、補助金の要件に「第三者による業務改善支援」が含まれていることに触れました。この背景には、補助金を活用してICT機器を導入したものの、その後、使いこなすことができず、事業所内で埃を被っているケースが少なくないという事情があります。
どんなに素晴らしいツールであっても、現場で職員のみなさんが実際に使えなければ意味がありません。そのためには、ただ導入して終わりではなく、適切に運用するための体制づくりや職員教育も行わなければなりません。
まず前提として、一般的に介護職員は入職後、ICTに関する専門的な教育を受ける機会がほとんど無いと言えます。そのため、ICTに対して漠然とした苦手意識を持つ方や、過去に現場へのフォローがないままICTが導入され、苦労した経験からマイナスのイメージを持っている方も一定数いらっしゃいます。
これらの苦手意識やマイナスイメージを払拭し、前向きにICT活用を進めるためには、そもそもなぜ今ICTを導入して生産性向上に取り組む必要があるのか、そしてそれが利用者や職員にどのような利点をもたらすのか、といったメッセージを法人・事業所から確実に伝えることが鍵となります。精神論のように聞こえるかもしれませんが、そのICTを活用して何を実現しようとしているのか、という目的意識を経営層から現場職員まで共有することが、ICT導入の成功や生産性向上には不可欠です。
とはいえ、目的は理解したとしても、職員の中には先に述べたようにICTが苦手な人もいます。ICTがその効果を最大限に発揮するためには、関わる全ての職員が使いこなせる状態であることが求められ、一定以上の訓練が必要です。
例えば、新しいICTの導入初期には一時的に業務効率が落ちますが、これは、オペレーションが従来のものから変わり、操作に慣れるための時間が必要となるため、当然起こりうることです。この期間を乗り越えることで、一気に業務が効率化するタイミングがやってきます。しかし、その期間中、職員がICTの操作が分からず質問したいのに、誰に聞いたら分からないといった状況があったら、どうでしょうか? 職員はストレスを感じるだけでなく、そのような状況が続けば、ICTを使い続けようという意欲も低下してしまうでしょう。
また、情報システム部門や専任担当者が配置されていないことが多い介護事業者では、ICTが得意な特定の職員が、ボランティアのような形で苦手な職員のサポートを担っているケースが多く見られます。サポートする職員にとっても、ICTに関する質問が集中し、自身の本来業務が圧迫されれば大きなストレスとなるため、過度な負荷がかかっていないか注意が必要です。職員への教育・フォロー体制は現場任せにするのではなく、ICT導入・定着の責任者を任命したり、苦手な職員向けに簡易マニュアルを作成して研修を実施したりするなど、組織的なフォローアップ体制の構築が求められます。
ICTの基礎や情報セキュリティの知識などについては、法人内で研修体制を整えることは難しいため、自治体や商工会議所などが一般企業向けに行っている研修やセミナーも有効活用するのも一案です。
最後に、冒頭の補助金の話にも関連しますが、ICTの活用においては、運用サポート業務の外注など、外部の専門的な支援を活用して職員の負担軽減を図ることも検討すべきでしょう。生産性向上の手段であるはずのICT活用によって、かえって職員の業務負担が増えてしまうのでは本末転倒です。介護業務において専門性が求められるように、ICTの導入・運用においても専門家の支援をうまく活用し、効率的に進めていくことが大切です。

竹下 康平(たけした こうへい)氏
株式会社ビーブリッド 代表取締役
2007 年より介護事業における ICT 戦略立案・遂行業務に従事。2010 年株式会社ビーブリッドを創業。介護・福祉事業者向け DX 支援サービス『ほむさぽ』を軸に、介護現場での ICT 利活用と DX 普及促進に幅広く努めている。行政や事業者団体、学校等での講演活動および多くのメディアでの寄稿等の情報発信を通じ、ケアテックの普及推進中。